2011年10月15日土曜日

カフェ 昭和編



このカフェの噂には
ささやきとほほえみが寄り添う

読まれたがる本たちが
ドアを開けて読み手を誘い

マダムと食材のおしゃべりが
奥のキッチンから遠慮がちに響く

ギロチンの音に振り返ると
マスタの叩くレジスタらしい

映画から抜け出る気分で
男たちは時を求め

ポスターの女優めいて
女たちは時を捨てる

ディスプレイの謎解きに
時代の答えが見つかったかい

それより晴れの日の雨傘のように
ここで過ごしてみよう

頼りない思いはそのままに語り
信じることは軽やかに受け止めよう

ぎこちない言葉があるように
やわらかな嘘がある

あなたの隣にいる人は大切な人で
あなたの隣にいない人もまた大切な人

このカフェの噂には
ささやきとほほえみが寄り添う

私にできること



あなたたちを愛していると
心と体で言葉とぬくもりで抱きしめようか

あなたたちの心と痛みを
私にできるせいいっぱいで想像してみようか

あなたたちとともに
喜びと哀しみの多くの物語に耳を傾けようか

あなたたちのように
美しいものを美しいと語り合おうか

あなたたちが大切にしているものを
きちんと大切にしようか

あなたたちの命を守り抜く覚悟
それを笑顔で伝えようか

どれも正しいようでいて
そのどれでも足りないような気もします

2011年10月10日月曜日

引力




あなたが生まれた日

まるでこの世に初めて

引力が生まれたようだった

身近なものが繋がり魅かれあい

言葉に意味が生まれた

あらゆるものが名付けられ

それぞれが輝きを得た

だからこそ失われることに

これほど怯えてしまうのか

不器用に伝えたがる心が

おしゃべりにさせてしまうのか

あなたが迷子になる時に

互いのぬくもりを

その手が忘れないよう

今日はそのことを思い出す日なんだ

かふぇえ




この界隈のかふぇえには 怪しげな連中が
出入りしてるって 噂だぜ

棚には 霊験あらたかな経が積まれて
客の方が 品定めされるんだとよ

奥のまかないから 匂ってくるのは
天竺わたりの 抜け荷の香料だとさ

ここの主の 仕掛けそろばんをはじく音
きいたことあるかい 斬首台の物鳴りだぜ

向かいの奴は 幻燈から迷い出たにちげえねえ
なるほど 良い男っぷりじゃねえかい

おっと つれあいの色っぽい女
写し絵の怪だから 口説くのは難儀さ

それとよ おめえの目の前の変化額
閻魔さまの謎かけだから うかつに答えちゃならねえ

まあ それでもよ おいらだって何さ
ただの 唐傘の化けもんだからよお

うかつに 信じちゃなんねえ
長いべろで 嘘をつくなんざ朝飯前だ

けどな ここは存外居心地の良いところさ
おいらのお仲間も いくたりか顔をのぞかせる

あんたの隣の人 だいじょうぶかい
ほんとうに あんたの知った人かい

この界隈のかふぇえには 怪しげな連中が
出入りしてるって 噂だぜ

初恋




車窓に映るあなたを見送った あの日 僕は恋をした

言葉ではなく あなたを心で呼びかけるようになり

気に留めていなかったできごとが 見えるようになり

そのことに 戸惑いながら はじめましてと挨拶をする

あなたが 僕のその戸惑いを 花でも摘むように

ゆっくり 解いてくれたのは それからしばらく後のこと